久々のランチ

久々のランチ

今日は、とても忙しない一日でした。昨日のお昼ごろに息子の友達のお母さんから久しぶりにランチに誘ってもらったのです。めったにランチで外に出ることがない私はとてもうれしく思い、二つ返事で承諾しました。

いつもより早起きをして、午前中の早い時間に家事のすべてを終わらせました。何か楽しいことがもうすぐそこに待ち受けていると、どこからともなく元気が湧いてきて、いつも以上にてきぱきと仕事をすることができました。不思議なものです。

久しぶりに会った彼女とは、お互いに持ち寄ったいろいろな話のネタで大盛り上がり。午前11時から午後3時までレストランに居座って大盛り上がりで会話をしていました。

子供の友達のママであるのですが、そのままは子供たち同士というより私たち自身が意気投合しているので、子供達を交えてというよりも子供たちが幼稚園に行っている間にお互い身軽に会ってお茶をすることが多いのです。

かれこれ3年の付き合いになりますが、子供の教育の話はもちろん、お友達関係の話もするしお互いの夫の愚痴も言い合ったりするほどの仲になりました。

現在の自分自身は、子供の母親と言う肩書きで行動することがほとんど占めています。そんな中、私自身が気の合うお友達の存在は、いつでも私を私としてみてくれる大事な存在です。ですから、こういう時間を定期的に持つことは私のストレス発散にもなるし、自分自身を保つために必要不可欠なことです。

子供が幼稚園に行き出すと、母親はほっと一息できると喜んでいる人が多いのですが、私はまだ一歳の下の子がいるため、平日日中時間が空いたからといって自分で楽しく出かけることがあまりできないでいます。

そんな時、私の気持ちを察してか声をかけてくれる友人のことをこれからも大切にしていかなくてはならないなと思っています。

大阪婚活パーティー

せっかくのお祝いなのに

お返しに頂くものやお中元やお歳暮など、いわゆる日本の慣習は私は根本的に好きではありません。なので自分がお祝いを渡すときには基本的に「お返しは不要」だと

添えて渡しています。一番わからないのが、半分返しという訳のわからない慣習です。結婚祝いで3万円を頂いたら1万5千円分のものを返すというのがマナー、という

一般的な認識ですが、なぜそれが今まで続いているのかまったく理解できません。

私が祝う側で例えば結婚祝いを渡すとしたら、渡すお金を使って新たな生活をよりよくして欲しいという気持ちがあります。その気持ちがわかない人にはそもそも渡しません

よね。その気持ちがあってお金を渡すのに、半分も返されたら自分の気持ちも半分返されたような感覚になってしまいます。要らないんですそんなに。気持ちだけで十分

なんですよね。特に若い二人にお祝いを渡すときなんかは、必ず「お返しはしないでくれ」と半ば脅すような感じで言っています。

私自身がお祝いを頂くこともありましたが、そんな時でも半分返したりはしません。自分の感覚ですが2~3割程度でお返しをしています。それでダメになるような関係なら

そこまでのものだった、というわけです。この考えを女友達に話すと「合理的すぎる」とか「情がない」とか散々こき下ろされてしまいました(笑)確かに合理的では

あるかもしれませんが、情はあると思いますよ。少なくとも慣習に従って「みんなやってるから」という理由で半分返すよりは、きちんとその人のことを考えて品物を

選んでしていますから、情がないとは言わせません。

天気のいい日のオープンカフェで舌戦を繰り広げたわけですが、最終的には友人も「そうかもしれないね」と納得してくれました。一緒にお茶をした友人は夏過ぎに

出産予定ですので、またお祝いを渡すつもりでいます。はてさて彼女はどうするのか、ちょっと楽しみではありますね。